どこいっちゃったの?

被災者達
  • 吃驚する人
  • アルコール依存症
  • 怪我は人を変えてしまう
  • 安全スタッフとしての哀しみ

吃驚する人

沢山の労働災害を経験しましたが、被災者の方の中には、吃驚する人もいます。

私は、基本労働災害に被災された方には、誠心誠意の対応を行います。殆どの方が、Autumn leaveさん、ありがとうございますと感謝される(私、感謝されたいから被災者に誠心誠意の対応をするのではありません。私の会社で作業して怪我をされ大変申し訳ないとの思いから私にできる最大の事を行おうとの思いだけです。)のですが、中には、色々な方がいらっしゃって、対応に戸惑ってしまう方も・・・・こんな方もいました。墜落災害で内臓を痛め入院をしていたのですが、病院から私に連絡があり、患者を退院させたいとの事でした。まだ、怪我の状態から退院は、早いのではと思っていたので、至急病院に向かいました。病室に向かう前にナースステーションに寄りますと、婦長さんが私の元に来て、「誠に申し訳ないのですが、○○さん退院してもらいます。」と一方的に言われました。「もう退院しても大丈夫ですか?」「申し訳ないのですが、退院をお願いします。」何が何だか分かりませんので、「○○は何かしたのでしょうか?」と聞きますと「当病院では、飲酒は厳禁です。○○さんは、何度言っても隠れて飲酒されていますので、退院して下さい。」私は、吃驚しまして「えっ、入院中に飲酒ですか?」「はい、何度も注意しましたが、辞めて頂けませんので、退院して頂きます。○○さんは、アルコール依存症ですよ。このままですとどこの病院も受け入れてくれませんよ。」愕然としてしまいました。怪我の治療中に、飲酒しかもべろべろに酔っぱらっていたと言われ、どうしたらよいのかと、困っていましたら「アルコール依存症の病院で治療し、その後で怪我の治療をされたらどうですか」と婦長さんに言われ「取り敢えず本人と話をさせて下さい。退院は本日でしょうか?」と尋ねますと「できれば、直ぐにも退院して頂きたい。」本人に会いに行き、飲酒の確認をしますと申し訳ないと思っているのか、泣きながら私に謝罪をするのですが、どうしたら良いのか困惑してい時に、思い出したのです、数年前に公共工事で、アルコール依存症専門の医療施設を工事したことを、急いで連絡を取り、アルコール依存症患者の入院が可能かを確認しますと、直ぐにも対応して頂けるというので、本人には、アルコール依存症の治療を優先することを伝え退院の準備をさせ私は、退院手続きを行い、早々にアルコール依存症治療の医療施設へ入院させました。まさか、労災がアルコール依存症の治療になるとは、想像もしていませんでした。本人は、どちらかというと大人しい小心者なのでこの対応に感謝し、涙を浮かべて私には、二度と迷惑を掛けない、早くアルコール依存症を克服し怪我を治し現場復帰をすると誓ってくれました。

アルコール依存症

入院手続きを終え、私は労働基準監督署へ向かいます。労基署で、顛末を報告し、いったん労災を止めアルコール依存症の治療後再度労災にて怪我の治療を行うことを伝えました。労基署では、内容を理解し休業補償給付等を止め再度の治療より労災を復活させる旨を了解して頂きました。長い一日を終えぐったりして会社に戻ったのです。私も、お酒は好きですが、入院中位お酒を我慢できないのかと、ガッカリでした。その後二週間ほど穏やかに過ごしていますと、アルコール依存症治療の施設から連絡が入ったのです。直ぐに来るように言われ、急いで向かいました。車の中で、また何か問題を起こしたのか不安で一杯でした。施設長に迎えられ会議室に入りますと、彼の洋服や私物が入ったバックが置いてあるのです。施設長は「実は、○○さんが、いなくなりました。」「えっ、また何故?」「昨日の事なのですが、○○さんの様子がおかしいので、部屋に入って行きますと、何かを隠すので、『もしかして、それは、薬じゃないですか?』と尋ねると、彼は、何も持たず部屋を飛び出し戻ってこないのです。」もう何が何だか訳が分からず、施設長は「ここはアルコール依存症の治療施設ですから、お酒を飲んでしまったのでしたら、どのようにも対応しますが、薬はだめです。」と言われ、彼が勤めていた会社に連絡を取り、荷物を取りに越させました。その後この被災者は行方知れずになってしまうのです。私は、労基署へ、行方知れずなってしまった事を伝え、労災を中断したままでよいのかを確認しましたら、労基者は、事務的に戻ったら報告して下さいと言われ、悔しいやら哀しいやらで会社に戻りました。そしてくたくたで家に帰ると、家内がいつもと違う私に、「何かあったの?」と聞かれたので、今日一日の顛末を話しますと、「あなたは、何故そこまで、被災者の面倒を見るの、雇用者が責任をとらないの?」と不思議そうに聞きます。家内は、税理士です。顧客の労災手続きも依頼されることがあるので、とても不思議そうに私に聞くのです。彼女は、あくまでも事務的に労災手続きをするので私の行動が不可思議なのかもしれません。私は、「誰かがやらなければいけないので、自分がやる。当然雇用者が責任をもって対応してくれれば、こんな事で振り回されなくても良いのだが、対応しきれない雇用者は、見て見ぬ振りをし、最後は被災者が労基署に相談に行くことになり、結局労基署から連絡が来て、私が動く事になるの。」と家内に話すと呆れたのか、何も言いません。このような経験は、普通ないと思います。三十数年前の建設業者には、事務手続き等に疎い会社や、こんな作業員を使用している会社も多々ありました。

怪我は人を変えてしまう

その後数年が経ったある日に、警察から連絡が入りました。いなくなってしまった被災者は、まともに仕事もせず生活に困り、ついには窃盗を働き、逮捕されたとの事でした。捕まった彼は何故か、私の名刺を大切に持っていたそうです。何で連絡しなかったのか、最後まで労災を続けて仕事に復帰していればこんな事にならなかったのにと、なんとも複雑な気持ちでした。災害は、もしかしたらまともではなくなってしまうのかも知れません。真面目に働き仕事の後に、楽しみなお酒を飲む幸せを災害によって大好きな酒も飲めず病院に隠れて飲み病院を追い出され、最後には泥棒を働き逮捕されてしまう、何という哀し事でしょう。怪我さえしていなければ、仕事を続け大好きなお酒を飲めたのにと、とても虚しく思ったことが、何故か三十数年後に思い出されます。確かに彼は、意志が弱いからいけないのかも知れませんが、歯車が狂うと人生を転落してしまう事を身を以て私に教えてくれたのかも知れません。

安全スタッフとしての哀しみ

先日、労災が終了し後遺症障害補償金も入金された方から、お金のことで連絡が来ました、彼が言うには、私の会社の現場で災害にあったのだから、幾らかの金を寄越せという恐喝まがいの連絡でした。私はかなり立腹し「親身になって労災手続きや相談に乗っていたのに!」と大声をあげてしまいました。そこにいた作業員の方が「親切を押し付けてはいけませんよ。自分はこんなにやってあげたのに!どうしてこんな酷いことを言うのかと、思っていますよね。それは、親切の押し付けですよ。感謝されたいからじゃないのは、分かりますが、こんなに色々やってあげたと思っても、相手は何とも感じない人が沢山いますよ。」その通りです、相手は災害から以前の人格では、なくなっているのですよね。災害は人を変えてしまうのか、一年以上仕事に復帰することも考えず、いくらリハビリを勧めても、週1回の通院時のみリハビリをして、何もせず働く意思もなく、休業補償で生活し、医者に労災終了告げられて、後遺症障害補償も請求し、ただ痛い痛いと言うだけで治そうと努力もせず、最後に脅しのようなことを言ってくる、貧すれば鈍すると言うけれども、虚しいな!怪我から復帰し、また仕事をして頂きたいだけなのに、一緒に笑いたかったのに、虚しい、哀しい!!その後示談をしました。きっとこの示談金も直ぐに無くなってしまうのでしょうね。それは私には、関係ありません。労災手続きを初めて事務的にしました。何の感情もなくただ淡々とした手続きを。


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2022年3月25日 ブログ管理人:Autumn leaves (紅葉)

『怪我と弁当手前持ち』って知っていますか?

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